東京地方裁判所 昭和37年(ヨ)2198号 判決 1963年9月30日
判 決
東京都江戸川区葛西二丁目三〇五四番地
日本ロール製造株式会社葛西第三寮
申請人
小野一郎
右訴訟代理人弁護士
尾崎陞
同
鍛治利秀
同
中村巌
同
藤原修身
同
畑仁
右尾崎陞訴訟復代理人弁護士
畑山実
同
小池義夫
東京都江東区大島町三丁目二八番地
被申請人
日本ロール製造株式会社
右代表者代表取締役
青木連之助
右訴訟代理人弁護士
千葉宗八
同
高西金次郎
同
熊谷誠
同
若林秀雄
右千葉宗八訴訟復代理人弁護士
早瀬真
右当事者間の昭和三七年(ヨ)第二、一九八号地位保全仮処分申請事件につき、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
被申請人は、申請人に対し、昭和三七年一〇月二一日以降、本案判決確定の日にいたるまで、毎月二七日限り、一箇月につき金四〇、九四五円の割合による金員を支払え。
申請人のその余の申請を却下する。
申請費用は被申請人の負担とする。
事実
第一 (当事者双方の求める裁判)
申請人訴訟代理人は、「申請人が被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有することを、仮に定める。被申請人は申請人に対し、昭和三七年一〇月二一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二七日限り一箇月につき、金四〇、九四五円の割合による金員を支払え。申請費用は被申請人の負担とする。」との裁判を求め、被申請人訴訟代理人は、「申請人の申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判を求めた。
第二 (申請の理由)
一 申請人は、昭和三五年一月一九日、製鉄用各種ロール等の製造販売を営む被申請会社に雇傭され、その江戸川工場内第二機械工場第六工作の仕上工として勤務し、昭和三七年一〇月一八日被申請会社江戸川工場(以下、江戸川工場という。)の従業員をもつて結成された総評全国金属労働組合東京地方本部日本ロール機造支部(以下、全金支部組合という。)の組合員であつたところ、同月二七日、被申請会社から解雇の意思表示(以下本件解雇という。)を受けた。
二 しかしながら、本件解雇は、次にのべる理由により、無効である。
1 (不当労働行為)
本件解雇は、被申請会社が全金支部組合員として組合活動をした申請人を嫌悪し、申請人を企業外へ放逐するためになされたものであるから、無効である。その解雇のいきさつは次のとおりである。
(一) (全金支部組合結成前の被申請会社の組合対策)
(1) 被申請会社の従業員の賃金は、すべて請負給制度でしかも、被申請会社がその採算方法を従業員に周知させないため、従業員の賃金収入が不安定であり、従つて、その勤続年数も短かかつた。
(2) ところで、江戸川工場には、青葉会という従業員の親睦団体があつたが、同会は、従業員の労働条件の改善にはなんの役割も果していなかつたので、すでに全金組合支部が結成される二年前頃から、同工場従業員の間で、労働組合を結成しようとする動きがあつたところが、被申請会社は逸速くこれを察知し、社長は、しばしば従業員に対し、被申請会社では、労働組合は不要であるなどと訓示していた。
(3) 江戸川工場内第一機械工場長代理若松栄貞は、昭和三七年八月二七日、右のような労働組合結成の動きの中心であつた千葉邦彦に対し、労働組合を作らないことを契約するよう強要し、更に、同人に原稿を書かせたうえ、自ら加筆訂正して、千葉邦彦名義の従業員に対する労働組合の結成を断念するよう呼掛の文書を印刷し、同人に対し、これを従業員に配付するよう命じた。
(4) 同年八月末から九月にかけて、江戸川工場内各工場の工場長らは、所属従業員である藤村喜一、伊藤浩司、高橋幸雄、新井政治らを呼びつけ、労働組合の結成をやめるように説得し、特に、藤村に対しては、「組合活動をしたら、解雇されても異議はない。」旨の文書を書かせた。
(5) 被申請会社は、更に、前記伊藤、高橋を労働組合結成運動から遠ざけるため、同年一〇月一三日高橋を、同月一四日伊藤を、それぞれ被申請会社の大阪営業所へ無期限の出張を命じ、従来の職務と異る職務を担当させた。
(二) (全金支部組合結成後の被申請会社の組合対策)
(1) 江戸川工場従業員有志は、同年一〇月一八日大会を開いて総評全国金属労働組合加盟の全金支部組合を結成し、千葉邦彦を執行委員長に選出した。
(2) これに対し、被申請会社は、翌一九日朝、社長訓示のためと称し、江戸川工場の全従業員に集合を命じた。その際、同工場内第二機械工場長西本道直は、「集合しない者は、全金支部組合員と認める。」と、言いながら、各職場を廻つた。(申請人は、これを聞き、被申請会社の全金支部組合に対する鎮圧的態度に反感をいだいて、即日組合に加入した。)全金支部組合員は出席を拒否したが、その集会では、社長以下全重役が列席し、全金支部組合に対抗する第二組合の結成準備会が作られた。そして、同日夕刻日本ロール製造株式会社労働組合(以下、日本ロール組合という。)が結成された。
(3) 被申請会社は、同月二二日頃、全金支部組合員全員の家族に対し、「全金支部組合は、被申請会社の発展を阻害し、同組合員となつた従業員の将来にも障害をもたらす。いずれ同組合は日本ロール組合に一本化されるから、全金支部組合のための行動を中止するよう勧告してほしい。」との文書を送付して、全金支部組合の組織の破壊を企図した。
(4) 被申請会社は、全金支部組合の度々の要求にもかかわらず、団体交渉を拒否し続け、同組合の東京都地方労働委員会に対する斡旋申請により、ようやく、同年一一月五日第一回団体交渉を開くことに同意した。
(三) (申請人の組合活動)
(1) 被申請会社には、従業員独身寮が葛西第三寮その他合計八寮あり、被申請会社は従業員の妻を各寮の管理人に命じて、その夫婦をその寮に居住させているが、申請人の妻小野信子は、昭和三六年五月一四日、賃金一箇月金六、〇〇〇円で江戸川工場内製鋼工場雑役婦として採用され、葛西第三寮の管理人を命ぜられ、申請人ら夫婦は右寮に居住することになつた。しかるところ、昭和三七年四月頃、雑役婦一般の賃金が一箇月金六、〇〇〇円から金九、〇〇〇円に引き上げられたのに、小野信子のように寮の管理人の職にある雑役婦の賃金は、据置かれた。そこで、申請人は、当時、労働組合もなかつたので、単独である雑役婦の賃金を引き上げることを、強力に要求したところ、被申請会社は、各寮の管理人の夫である従業員に対し、同年八月から管理人手当として、一箇月金一、〇〇〇円を支給したので、申請人は、趣旨が違うとして、管理人本人である妻の賃上げを要求したが、拒絶された。
(2) 申請人は、前記二の(2)記載のように、同年一〇月一九日全金支部組合に加入したが、被申請会社に第二組合結成の動きがあつたので、同日直ちに、これを監視するための全金支部組合のピケに参加した。
(3) 西本第二機械工場長は、同月二〇日申請人に対し、全金支部組合から脱退することをすすめたが申請人はこれを拒否した。
(4) 被申請会社の常務取締役中村清臣(江戸川工場内ロール工場長)は、同年四月寄宿舎管理委員長に就任したが、その際、「従業員寮の管理人は組合活動をしてはならない。」と発言したことがあつたが、更に同年一〇月二〇日の寄宿舎管理委員会(申請人は葛西第三寮の管理人である妻の代理で出席していた。)の席上「従業員寮の管理人は、労働組合には入れない。それなのに、申請人はスクラムを組んで組合活動をしている。」と発言した。申請人は、「組合に入れないのか。私は管理人でなく、妻が管理人だ。」と反論したところ、中村は前言を取り消したうえ、「管理人はなるべく中立の方がよい。」と答えた。
(5) 申請人は、かねてから従業員中堅層のリーダーとして、若い従業員の信頼を集めており、全金支部組合結成後は、組合員の相談相手であつた。また被申請会社の従業員独身寮の管理人の夫で全金支部組合に加入している者の中で、申請人は最も活動的存在であつた。
このように、被申請会社は、従業員が自主的に労働組合を結成することを極度におそれ、ひとたび全金支部組合が結成されるや、これを敵視してその破壊を企ててきたが、若い従業員の信頼を集め、また寮の管理人の夫として、これら従業員に大きな影響力のあつた申請人が全金支部組合に加入し、活溌な組合活動を行うに至つたので、これを嫌悪し、企業から放逐するために申請人を解雇したのであるから、本件解雇は、明らかに不当労働行為であつて、無効である。
2 (解雇権の濫用)
仮に、本件解雇が不当労働行為でないとしても、申請人にはなんらの解雇理由もなかつたのであるし、たとい被申請会社が解雇理由として主張する事実が認められるとしても、それらの事実は、いずれも懲戒に値するほど、重大な企業秩序違反行為ではないから、本件解雇は、解雇権の濫用であつて、無効である。
3 (就業規則違反)
仮に、以上の主張が理由ないとしても、本件解雇は、被申請会社の就業規則第六三条による懲戒解雇であるところ本件解雇当時存した就業規則第七四条には、「第五条、第一四条、第一九条、第五九条、第六一条ないし第六四条の規定の適用については、組合の同意を得て行う。」と、規定され、同規則第六三条による懲戒解雇を行うには、組合の同意を要するのに、本件解雇にあたつて、被申請会社は全金支部組合の同意を得ないばかりか、同意を求める手続すらとつていない。従つて、本件解雇は就業規則第七四条に違反し、無効である。
三 以上いずれかの理由により、本件解雇は無効であるから、申請人は被申請会社に対しいぜん雇傭契約上の権利を有することは明らかであるのに、被申請会社は、これを否定し、申請人に対し賃金を支給しない。申請人は、被申請会社から受ける申請人及び妻信子の賃金を生活の資としてきたのであつて、妻の賃金一箇月六、〇〇〇円だけではとうてい、その生活を維持することができない。のみならず、被申請会社は申請人が既に解雇されたことを理由に、葛西第三寮の管理人である妻信子の解雇と共に、申請人ら夫婦の生活の本拠である同寮からの立退きを迫ろうとしている。申請人が被り、又は被るおそれのあるこれらの損害は、本案の勝訴判決の確定を待つては、とうてい回復することができないものである。申請人の本件解雇当時の平均賃金は、一箇月金四〇、九四五円であり、その賃金の締切日は毎月二〇日、支払日は毎月二七日である。よつて、申請人は、前記の著しい損害を避けるため、申請人が被申請人に対する雇傭契約上の権利を有することを仮に定め、且つ、被申請人に対し、昭和三七年一〇月二一日以降本案判決確定の日にいたるまで、毎月二七日限り一箇月につき、金四〇、九四五円の割合による賃金の支払を求めるため、本件申請に及ぶ。
第三 (申請の理由に対する被申請会社の答弁及び主張)
一 (答弁)
1 申請の理由一の事実のうち、申請人が全金支部組合員であつたことは不知。その余の事実は認める。
2(一) 申請の理由二1の不当労働行為の主張に関する事実関係に対する認否は、次のとおりである。
同(一)の(1)事実は否認する。同(2)事実のうち、江戸川工場に青葉会という団体があつたことは認めるが、同工場従業員の間で労働組合結成の動きがあつたことは不知。その余の事実は否認する。同(3)及び(4)の事実は否認する。同(5)の事実のうち、申請人主張の日に、高橋及び伊藤が被申請会社の大阪営業所へ出張を命ぜられたことは認めるが、その余の事実は否認する。
同(二)(1)の事実は認める。同(2)の事実のうち、昭和三七年一〇月一九日朝、被申請会社が社長訓示のため、江戸川工場全従業員に集合を命じたこと、同日夕刻日本ロール組合が結成されたことは認めるが、その余の事実は否認する。同(3)の事実のうち、被申請会社が申請人主張のような文書を全金支部組合員の家族に送付したことは認めるか、その余の事実は否認する。右文書の送付は、労働組合は経済的目的のために運営されなければならないのに、全金支部組合はこの目的をはなれ、政治的目的を持つ団体に利用されるおそれがあつたので、同組合員の家族に警告するためになされたものであつて、被申請会社が全金支部組合の組織を破壊する意図に出たものではない。同(4)の事実のうち、全金支部組合が東京都地方労働委員会に対し団体交渉の斡旋申請をしたこと、被申請会社が同年一一月五日に団体交渉を開くことに同意したことは認めるが、その余の事実は否認する。
同(三)(1)の事実のうち、江戸川工場に従業員独身寮が八寮あること、申請人の妻信子が昭和三六年五月一四日被申請会社から、賃金一箇月金六、〇〇〇円で江戸川工場製鋼工場雑役婦として採用され、葛西第三寮の管理人を命ぜられ、申請人ら夫婦が同寮に居住することになつたこと(但し、後記のように、申請人も同時に同寮の管理人に命ぜられた。)、昭和三七年四月頃、雑役婦一般の賃金が金六、〇〇〇円から金九、〇〇〇円に引き上げられたこと、その当時、江戸川工場には労働組合がなかつたこと、被申請会社が同年八月から申請人に対し、管理人手当として一箇月金一、〇〇〇円を支給したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(2)及び(3)の事実は否認する。同(4)の事実のうち、被申請会社の常務取締役中村清臣(江戸川工場ロール工場長)が同年四月寄宿舎管理委員長に就任したことは認めるが、その余の事実は否認する。同(5)の事実は不知。
(二) 申請の理由二2の解雇権濫用の主張は否認する。本件解雇は、後に述べるように、申請人が就業規則第六三条第三、第四及び第一一号の懲戒解雇事由に該当するが故になされたものであるが、被申請会社はできる限り申請人の不利益を避けるために、同規則第六六条第二号を適用して、申請人を普通解雇に付したのであつて、解雇理由の不存在を前提とする被申請会社の解雇権濫用の主張は当らない。
(三) 申請の理由二3の就業規則違反の主張事実のうち、本件解雇当時、申請人主張の就業規則第七四条の規定があつたこと、被申請会社が本件解雇にあたり、全金支部組合の同意を得ず、また、同意を求める手続をしなかつたことは認める。本件解雇は懲戒解雇ではなく、普通解雇であるから、労働組合の同意は必要がない。
3 申請の理由三の事実のうち、本件解雇当時、申請人の平均賃金が一箇月金四〇、九四五円で、その締切日が毎月二〇日、支払日が毎月二七日であつたことは認めるが、その他の事実は否認する。
二 (解雇理由)
本件解雇の理由は、次のとおりである。
1 (寄宿舎管理人としての規則違反)
申請人は、妻信子と共に、葛西第三寮の管理人であつたが、昭和三七年一〇月二三日午後七時頃、同寮において江戸川工場の従業員千葉邦彦外一五名が集会を行つたのに、これを禁止しないで、放置し、また自らもこれに参加した。
申請人の右行為は、管理人の寮生に対する生活指導の責務を定めた寄宿舎管理人服務要領三、17、(3)の「寮内での集会、酒宴その他規則に違反する行為は一切禁止すること」に違反し、また、入寮者の退寮事由を定めた日本ロール製造株式会社附属寄宿舎規則(以下、寄宿舎規則という。)第八条(4)の「寮内自治及び社内の秩序を乱すおそれのある集会(中略)をしたとき」に該当するものであり、従つて、懲戒解雇事由を定めた就業規則第六三条第四号の「職務上の指示命令に不当に従わず、職場の秩序を紊したり、紊そうとしたとき」に該当するものである。
2 (住田享蔵外二名に対する業務妨害)
昭和三七年一〇月二五日午後四時三〇分頃、江戸川工場第二機械工場において、起重機係の残業指示の権限を有する同係の組長代理の住田享蔵が部下の田宮二郎及び飯村光一に対し、残業を指示し、同人らが残業を承諾していたところ、申請人は住田に対し、「わからない奴だな。馬鹿が工場長気取りでなにをいうんだ。」などといつて、暴言を吐き、周囲にいた一五、六名の従業員を煽動して、田宮、飯村に対し、残業を拒否させ、同人らの業務を妨害すると共に、住田の残業指示の業務をも妨害した。なお、被申請会社は、同年六月七日、江戸川工場の過半数の従業員を代表する荒井悦三との間で、時間外労働等に関する協定を締結している。
申請人の右行為は、前記就業規則第六三条第三号の「他人に対し脅迫を加え又はその業務を妨害したとき」に該当する。
3 (西本第二機械工場長に対する暴言)
申請人は、同年一〇月二六日午前一一時四〇分頃、被申請会社が申請人の父にあてて送付した前記第二、(二)、(3)記載の文書について、西本第二機械工場長に対し、「このようなものを出して、何をするんだ。」といつて、説明を求め、同工場長が、「昼休まで待つように。」と答えたのに大声で、「このような重大なことを昼休まで待てとはなにごとだ。今ここで説明しろ。」などといつて、暴言を吐いた。
申請人の右行為は、前記就業規則第六三条第四号に準ずる非行として、同条第一一号の「その他前各号に準ずる行為のあつたとき」に該当する。
以上のような非行に及んだ申請人は、まさに、懲戒解雇に値するものであつたが、被申請会社は、懲戒解雇により申請人の被る不利益を避けるため、普通解雇事由を定めた就業規則第六六条第二号を適用し、予告手当として三〇日分の平均賃金を支給して、申請人を本件解雇に付したのである。
第四 (被申請会社の主張(解雇理由)に対する申請人の反論)
一 前記第三、二、1の事実(寄宿舎管理人としての規則違反)のうち、申請人の妻信子が葛西第三寮の管理人であつたこと被申請会社主張の日時、場所において、千葉邦彦外一五名の従業員が集会を行つたことは認めるが、その他の事実は否認する。なお、従来被申請会社の寮における集会は、実際上認められていた。また、前記集会は、寮生である全金支部組合員及び日本ロール組合員有志が労働組合についての意見交換のため開かれたもので、喧騒にわたり、他人に迷惑をかけるような事実はなかつたのであるから、寮内の自治及び社内の秩序を乱すおそれのあるような集会ではなかつた。
二 同2の事実(住田享蔵外二名に対する業務の妨害)のうち、被申請会社主張の日に被申請会社と荒井悦三との間に時間外労働等に関する協定が締結されたことは認めるが、その余の事実は争う。もつとも、申請人が被申請会社主張の日時、場所において住田と多少口論をしたことはあるが、申請人が住田に対し暴言を吐き、住田外二名の業務を妨害した事実はない。なお、前記時間外労働等に関する協定における労働者代表は、青葉会幹事長荒井悦三であるが、青葉会は、被申請会社の代表者以下職制の全員が加入している従業員の親睦団体であつて、労働組合でないし、また荒井は、江戸川工場内ロール工場鋳造課長であつて、労働基準法第三六条にいう労働者の代表とは認められないから、同人との間に締結された右協定は無効である。従つて、田宮及び飯村が、住田から残業の指示を受けても、これに従う義務はないのであるから、仮に、申請人が右両名に対し残業を拒否させたとしても、同人ら及び住田の業務を妨害したことにはならない。
三 同3の事実(西本第二機械工場長に対する暴言)のうち、被申請会社主張の日時、場所において、申請人が西本第二機械工場長に対し、被申請会社主張の文書につき、説明を求めたことは認めるが、その余の事実は否認する。右文書は、全金支部組合を誹謗した内容のものであるから、申請人が同組合員として、これに抗議するため、説明を求めたのは、むしろ、当然の行為である。
第五 (疎明)≪省略≫
理由
一 申請人が昭和三五年一月一九日、製鉄用各種ロール等の製造販売を営む被申請会社に雇傭され、その江戸川工場内第二機械工場第六工作の仕上工として勤務していたところ、昭和三七年一〇月二六日、被申請会社から本件解雇の意思表示を受けたことは、当事者間に争いがない。
二 申請人は、本件解雇は不当労働行為であるから無効であると主張するので、以下に検討する。
1 被申請会社の組合対策、全金支部組合結成前後の申請人の活動及び被申請会社の申請人に対する態度について判断すれば、次のとおりである。
(一) (被申請会社の組合対策)
当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すると、次のような事実が認められる。
被申請会社江戸川工場の従業員の間では、かねて請負給賃金、退職金、残業等の労働条件に関し、強い不満を懐いていた(同工場には、全従業員とする青葉会なるものがあつて、従業員の慶弔の外、労働条件の向上及び福利厚生に関する事業等をも営むことになつているが、同会の会長は被申請会社の社長、副会長は重役が当たり、幹事長、副幹事長、書記及び会計は会長が指名((但し、幹事は会員から選出))するなどのためもあつて、従業員の間では、同会の運営が一方的であり、これによつては、従業員の労働条件の改善はとうてい望めないものと考えていた。)。昭和三五年頃から、従業員の間に、労働条件改善のため、労働組合結成の気運が生じたところ、これを察知した被申請会社の社長は、昭和三七年春、夏及び秋の賞与支給の際、全従業員に対し、「最近労働組合を作ろうとする者がいるが、そういう人間は会社ではいらないから、やめてほしい。会社には組合はいらない。」旨の訓示をした。また、江戸川工場内第一機械工場長代理若松栄員は、同年八月二七日頃から一〇数回にわたり、当時労働組合結成準備の中心的人物であつた千葉邦彦(同人は全金支部組合結成と同時に、執行委員長に就任した。)を呼びつけ、労働組合結成の活動をやめるよう勧告し、更に同年九月千葉に対し、労働組合を結成しない旨の誓約書と従業員に対する労働組合結成中止の説得文書を書くことを要求した。千葉が若松工場長代理の言動から察して、同人の要求を拒むときは、従業員中から解雇者が出ることをおそれ、右要求の趣旨にそつた誓約書と説得文書の原稿を作成提出したところ、若松工場長代理は、右説得文書の原稿にあつた社長に対する批判的部分を削除した上、印刷に付し、千葉に、これを従業員に配付するよう命じた。若松工場長代理は、同じ頃、第一機械工場の従業員藤村喜一及び伊藤浩司に対しても、同様の誓約書を書かせ、更に、藤村に対しては、組合活動をしたら、解雇されても異議ない旨の文書を書かせた。このような被申請会社の組合結成阻止の策動にもかかわらず、同年一〇月一八日江戸川工場の従業員によつて組合結成大会が開かれ、総評全国金属労働組合加盟の全金支部組合が結成されるや、翌一九日朝、被申請会社は、同組合から提出された結成届の受領を拒み、一方、従業員に対し、社内スピーカーで、全金支部組合へ加入しないよう呼びかけた。更に、同日、被申請会社は、社長訓示のため、江戸川工場内青運ホールに全従業員の集合を命じたが、その際、西本第二機械工場長は、「集会に応じない者は、全金支部組合員と認める。」旨の発言を行つた。そして、社長はじめ重役出席の下に開かれた右集会の後で、第二組合結成準備委員会が成立し、同日夕刻、全金支部組合に対抗する第二組合として、日本ロール組合が結成された。被申請会社は、同月二二、三日頃全金支部組合員の家族に対し、「全金支部組合は、共産党の指導の下に、会社の発展と従業員の将来に大きな障害をもたらそうとしている。会社には、日本ロール組合という健全な労働組合があり、いずれは、同組合に一本化されることを確信している。全金支部組合のための行動を中止するよう勧告されたい。」との、同組合を誹謗し、その組織破壊を企図した趣旨とも認められる文書を発送した。また、被申請会社は、全金支部組合から、同月一九日以降四回にわたつて、賃上げ、家族手当支給等に関し、団体交渉の申入れを受けたが、いずれもこれを拒否し、同月二七日同組合が東京都地方労働委員会に団体交渉開催の斡旋申請をした結果、ようやく、被申請会社は、同年一一月五日第一回の団体交渉を開くことに同意した。
以上の認定に反する証人(省略)の証言及び乙第一三号証の記載は採用しない。
(二) (全金支部結成前後の申請人の活動)
当事者間の争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。
被申請会社は、江戸川工場の従業員独身寮として、葛西第三寮その他合計八寮を有し、各寮の管理人には、従業員夫婦を当てて、これに居住させていたが、申請人は、昭和三六年五月一四日、妻信子(同人は同日被申請会社から、江戸川工場内製鋼工場所属の雑役婦として、一箇月金六、〇〇〇円の賃金で、雇傭された。)と共に、葛西第三寮の管理人を命ぜられ、同寮に居住するにいたつた。ところが、昭和三七年四月に、江戸川工場の一般の雑役婦の賃金が一箇月金六、〇〇〇円から金九、〇〇〇円に引き上げられたのに、寮管理人の業務を担当する雑役婦の賃金は、据置かれたので、申請人は、他の管理人とともに、或は単独で、江戸川工場内製鋼工場長や本社人事課長らに対し、管理人である雑役婦の賃金の引上げを要求した。これに対し、被申請会社は、同年八月から、寮管理人夫婦のうち、夫のみに対し、管理人手当として毎月金一、〇〇〇円を支給したので、申請人は、なお、妻の寮管理人についても、賃金引上げを要求したが、容れられなかつた。同年一〇月一八日全金支部組合が結成されたが翌一九日、申請人は、江戸川工場の全従業員が社長訓示のため江戸川工場内青運ホールに集合を命ぜられた際の西本第二機械工場長の前記発言を聞き、被申請会社の全金支部組合に対する嫌圧的態度に反感をいだいて、直ちに同組合に加入した。全金支部組合は、同日、被申請会社が、全金支部組合に対抗する第二組合の結成を策するため、社長はじめ重役列席の下に右集会を開くものと考え、同ホール附近でデモ行進を行つたが、申請人もこれに参加した。すると、翌二〇日、申請人は、右デモ行進に参加した鈴木好信、内田誠一らと同様、西本第二機械工場長から、一人づつ呼ばれ、全金支部組合を脱退するよう勧告を受けたが、これを拒絶した。また、同日、申請人は、被申請会社の寄宿舎管理委員長であつた常務取締役(江戸川工場内ロール工場長)中村常臣から、「かねて、寮の管理人は組合活動をしてはならないといつてあるのに、申請人は、デモ行進に参加した。」といつて、非難されたので、「なぜ寮の管理人は組合活動をしてはならないのか。」と、反論したところ、中村常務取締役は前言を取り消したが、なお、「寮の管理人はなるべく中立であつてほしい。」と、いつた。更に、申請人は、被申請会社が全金支部組合との団体交渉に応じないので、同月二二、三日頃、執行委員長千葉邦彦とともに、西本第二機械工場長に対し、団体交渉に応ずるよう申し入れたところ、同人は、「社長は全金支部組合を絶対に認めない。」と、いつて、これを拒絶した。申請人は、同じ頃、被申請会社の団体交渉拒否により、失望状態にあつた全金支部組合員に対し激励の演説をし、大いにその志気を鼓舞した。この外、申請人は、組合役員ではなかつたが、常に、事実上職場連絡員として組合幹部と現場組合員の連絡に当り、また、比較的年輩の関係もあるが、若い組合員から信頼を受け、同人らに対し相当の影響力を有していた。
以上の認定に反する(疎明―省略)の各一部は採用しない。
(三) (被申請会社の申請人に対する態度)
以上により、明らかなように、被申請会社は、かねてから労働組合が結成されることを極度に嫌い、社長又はその他の幹部が従業員に対し、組合が不要である旨を訓示し、組合結成の中止を勧告し、又はその趣旨の誓約書若しくは説得文を書かせるなどして、労働組合の結成を阻止するため、種々の手段を弄していたが、ひとたび労働組合が結成され、それが総評全国金属労働組合所属の全金支部組合として発足するや、同組合の結成届の受領を拒み、従業員に対し同組合への不加入を呼びかけ、従業員の家族あてに同組合を誹謗する文書を発送し、同組合との団体交渉を拒否するなどして、全金支部組合の組織破壊を図つた。そして、申請人は、同組合に加入して、そのデモ行進に参加し、被申請会社の団体交渉拒否に抗義し、同会社の組合脱退勧告を退けるなどして、組合活動を行い、若い組合員に対し相当の影響力をもつていたのであるから、被申請会社としては、同会社が極度に嫌圧する全金支部組合の組合員として組合活動をしていた申請人を嫌悪していたものと認めることは、容易である。
2 (被申請会社主張の解雇理由)
被申請会社主張の解雇理由について判断すれば、次のとおりである。
(一) (寄宿者管理人として規則違反について)
当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。
申請人は、前記のように、妻信子とともに、葛西第三寮の管理人を命ぜられていたところ、昭和三七年一〇月二三日午後六時五〇分頃から午後九時過頃まで、葛西第三寮第九号室で、全金支部組合の執行委員である寮生の金野頴一、小川正元らの主催で、同組合に対する日本ロール組合員及び非組合員である寮生の理解を求めるための集会が開かれ、葛西第三寮その他の寮の寮生約一五名(但し、全金支部組合の上部団体の者一名を含む)が参加した。申請人は、右集会が開催されることを知らないで、葛西第六寮の管理人西恒夫を尋ね、話をした後、午後九時頃帰寮し、たまたま洗濯物取入れのため、九号室の前を通つたとき、集会が行われていることを知り、これに参加したが、集会は既に終りに近く、間もなく解散となつた。なお、右集会では、全金支部組合の千葉執行委員長はじめ執行委員らが同組合の必要性を強調し、被申請会社の同組合に対する批判を反発し、参加者、特に、日本ロール組合員との間で、組合問題につき、質疑応答ないし討論を行い、また、参加者に対し全金支部組合への加入を勧誘したが、その集会が喧騒にわたり、他の寮生に迷惑を及ぼすことはなかつた。
以上の認定に反する証人(省略)の証言の一部は採用しない。
ところで、成立に争いのない乙第七号証によつて認められる寄宿舎規則(日本ロール製造株式会社附属寄宿舎規則)第八条第四号には、入寮者の退寮事由として、「寮内の自治及び社内の秩序を乱す恐れのある集会、結社、大衆運動又は文書の授受、図書、印刷物の配布をした時」と、規定されているが、前記集会は、組合問題について開かれた集会であり、しかも、それが喧騒にわたり、他の寮生に迷惑を及ぼすものでなかつたことは既に認定したとおりであり、他に前記集会が、寮内の自治及び社内の秩序を乱すおそれがあつたものと認めるべき疎明資料はないから、申請人は、たとい前記集会に参加したとしても、右規定に違反するものということはできない。更に、成立に争いのない乙第八号証によつて認められる寄宿舎管理人服務要領三、17、(3)には、寮管理人の寮生に対する生活指導の一つとして、「寮内での集会、酒宴その他規則に違反する行為は一切禁止する」と規定され、この規定によると、寮管理人は、寮内における集会を禁止すべきことを命ぜられているものということができる。そして、申請人が右集会を禁止するため、直ちにこれを解散させる措置を採つたことを認めるに足りる疎明資料はないから、申請人が前記集会を放置した点において、寄宿舎管理人服務要領三、17、(3)の規定に違反し、従つて、成立に争いのない乙第六号証によつて認められる被申請会社の就業規則(以下、就業規則という。)第六三条第四号の懲戒解雇事由である「職務上の指示命令に不当に従わず職場の秩序を紊したり紊そうとしたとき」に該当するものといえないことはない。しかし、前記認定のように、申請人は、右集会が開かれることを知らずに、他の寮に行つており、集会の終り近くに、帰寮し、たまたまこれを知つたばかりでなく、証人(省略)の証言及び申請人本人尋問の結果によると、これまで寮内では、寮生によつて、外来者をまじえた集会や飲酒のための会合が時折行われ、寮管理人がこれを禁止することなく、放置していたのに、被申請会社は寮管理人及び寮生に対し、特別の措置をとつていないことが認められ、これら実際上の事情を考えると、申請人の前記集会を放置した行為は、たとい右懲戒事由に該当するとしても、その程度はきわめて軽く、とうてい懲戒解雇処分に値するほどのものとは認められない。
(二) (住田享蔵外二名に対する業務妨害について)
当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。
江戸川工場では、石川島重工業株式会社播磨工場から昭和三七年九月頃受註した圧延機の前後面テーブルの製造が遅れ、試運転を予定していた同年一〇月三〇日までに完成が危ぶまれていたので、同月二五日、右受註機械の組立、仕上げ作業に当つていた同工場内第二機械工場の第六、第七工作とこれと共同して作業をすべき同工場の起重機係において残業すべきことが決定された。起重機係では、組長代理として、同係に対する残業指示の職務権限があつた伍長の住田享蔵(日本ロール組合員)が、同係の田宮二郎(全金支部組合員)を第六工作担当の起重機係残業当番として、飯村光一(全金支部組合員)を第七工作担当の起重機係残業当番として、同人らに対し残業を指示した。当時、全金支部組合では、残業をするかしないかは組合員の自由意思に任せてあり、組合員は、その自由意思により残業したり、しなかつたりしていた。同日、田宮は午後三時三〇分頃、住田組長代理に残業しないことを申し出てその了解を得たが、飯村は残業をすべきかどうか迷つていた。住田組長代理は残業開始時刻の午後四時三〇分近くなつても、飯村が担当の第七工作場にいないので、同人に残業するかどうかを確めるため、同人を探したところ、第六工作場附近で同人を見つけたので、強い語気で「残業をやる気があるのか。やらないのか。」と、尋ねた。すると、居合せた申請人(第六工作の仕上げ工)が、住田の態度に反撥を感じ、「残業をするかしないかは個人の自由だ。工場長気取りでなんだ。馬鹿野郎。」などと口出したことから、両名の口論となり、一〇数名の従業員がその周囲を取り巻いて、見ていた。この口論は、千葉執行委員長らのとりなしで治まり、飯村は、結局、同委員長の勧めで、残業をしたが、この騒ぎのため、残業開始が約三〇分遅れた。
以上の認定に反する(疎明―省略)は採用しない。なお、申請人が田宮、飯村に残業を拒否させるために、周囲にいた一五、六名の従業員を煽動したとの被申請人主張のような事実については、これを認めるべき疎明資料がない。
なお、昭和三七年六月七日被申請会社と荒井悦三との間で、時間外労働等に関する協定(以下、残業協定という。)が締結されたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第九号証によると、右残業協定は、荒井が労働者を代表する「日本ロール製造株式会社江戸川工場従業員組合長、青葉会幹事長」として、被申請会社代表との間に締結したものであることが認められる。しかし、既に認定したように、青葉会なるものは、被申請会社江戸川工場の全従業員とし、従業員の労働条件向上等に関する事業を営むものであるが、その会長は被申請会社の社長、副会長は重役が当り、幹事長、副幹事長、書記及び会計は会長が指名することになつているのであるから、青葉会は、被申請会社の役員の参加を許す団体であつて、労働者が主体となつて自主的に組織する団体ではなく、従つて、法律上これを労働組合ということはできない。また、日本ロール製造株式会社江戸川工場従業員組合なるものが存在し、荒井がその組合長であつたこと、荒井が同工場の従業員の過半数を代表して被申請会社と残業協定を締結する権限を有したことを認め得べき疎明資料はないのであるから、右残業協定は、労働基準法第三六条に違反し、無効であるといわなければならない。他に、当時、江戸川工場に残業協定が存在した事実を認めるに足りる疎明資料はない。
ところで、以上の認定のように、田宮は、申請人の右行為以前に、既に自ら残業しないことを申し出で、住田組長代理の了解を得ていたのであるから、同人が当日残業しなかつたとしても、申請人が田宮の残業及び同人に対する住田組長代理の残業指示を妨害したことにならないのはいうまでもない。しかし、申請人の右行為がなければ、飯村の残業開始が遅れることはなかつたともいえるのであるから、申請人は、飯村の残業及び同人に対する住田組長代理人の残業指示を妨害したものとして、前掲乙第六号証によつて認められる就業規則第六三条第三号の懲戒解雇事由である「他人の業務を妨害したとき」に該当するものといえないこともない。しかし、前記残業協定は無効であり、他に江戸川工場に残業協定の存した事実は認められないのであるから、同工場従業員は被申請会社の残業指示に服する義務なく、また、申請人及び飯村の所属する全金支部組合は、残業をするかしないかは組合員の自由意思に任せていたこと、当日、飯村は当初残業すべきかどうかを迷つていたのであつて、必ず残業するとの意思ではなかつたこと、飯村は、残業開始時刻が遅れたとはいえ、結局、住田組長代理の残業指示に応じて、残業をしたことなどの事情を考えると、申請人の住田組長代理及び飯村に対する業務妨害は、懲戒解雇に値するほどの重大な非行とは認められない。
(三) (西本第二機械工場長に対する暴言)
当事者間に争いのない事実に、(疎明―省略)を総合すれば、次のような事実が認められる。
申請人は、被申請会社が全金支部組合員の家族にあて発送した前記二記載の文書は、同組合の組織破壊をねらつたものであるとして、憤慨していたが、昭和三七年一〇月二六日朝、同組合員である菅富男から、「会社からの手紙を見て心配した姉が自分を訪ねて来ているが、どうしたらよいか。」と、相談を受けた。申請人は、右文書の発送は西本第二機械工場長の所為によるものと思い、同工場長にその真意を確かめ、抗議しようと考えていたところ、午前一一時四〇分頃(就業時間中)、たまたま同工場長が第二機械工場内第六工作場通路を通りかかつたので、同工場長に右文書をつきつけ、「工場長、こんな手紙が出されているのを知つているか。親が心配しているではないか。なんとかしなければ困るではないか。」と、激しくつめ寄つたが、同工場長は、「就業時間中だから昼休みに話をしよう。」と、答えたところ、申請人はなおも、声を大にして、「このような重大なことを昼休みまで待てるか。今こゝで説明しろ。」と、どなつた。しかし、同工場長は、取り合わず、その場を立ち去つた。
ところで、以上認定のように、申請人は、上司である西本第二機械工場長に対し、就業時間中、職場内で組合問題について抗議するため、激しくつめ寄つたり、大声でどなつたりしたのであるから、被申請会社の主張するように、前記就業規則第六三条第四号に準ずる行為として、前掲乙第六号証によつて認められる同条第一一号の懲戒事由である「その他前各号に準ずる行為のあつたとき」に該当するものということができる。しかし、前記文書は、被申請会社が全金支部組合を誹謗し、その組織破壊を企図した趣旨とも認められる反組合的内容のものであり、同組合員の家族にまで不安の念をいだかせたのであるから、申請人が同組合の組合員として、被申請会社の幹部である西本に対して、このような文書を発送した真意を確め、抗議しようとした心情は無理からぬものがあるばかりでなく、本件疎明上、申請人の行為により、他に著しい職場秩序紊乱の結果を引き起した事実は認められないのであるから、申請人の右行為をもつて、懲戒解雇に値するほどの重大な非行と認めることはできない。
なお、被申請会社は、申請人には、就業規則第六三条第三号、第四号及び第一一号の懲戒事由に該当する行為があつたが、申請人の懲戒解雇による不利益を避けるため、就業規則第六六条第二号を適用して、申請人を本件解雇に付したと主張し、その主張は、本件解雇は、申請人が前記懲戒解雇事由に該当することを理由とする外、なお、申請人が普通解雇事由を定めた就業規則第六六条第二号の「已むを得ない業務上の都合によるとき」に該当することを理由とする趣旨のようにも解されるのであるが、被申請会社は、後者の事由に該当する具体的事実については、なんら主張するところなく、また、これを疎明すべき資料もないから、本件解雇は、就業規則第六六条第二号該当を理由とするものでないことは明らかである。たとい、被申請会社が本件解雇に際して、申請人に対し予告手当を支給した事実があつたとしても、このことはなんら右認定の妨げとはならない。
3 (不当労働行為の成立)
このように、被申請会社が、極度に嫌圧する全金支部組合の組合員として、組合活動をしていた申請人を嫌悪していた事実に徴し、なお、被申請会社が本件解雇の理由として挙げる申請人の行為が、とうてい懲戒解雇に値するほどの重大な非行と認められないことを参酌するとき、本件解雇は、被申請会社が申請人の全金支部組合員としての組合活動を嫌悪し、同組合に対する嫌圧対策の一環として、些細な非行を口実に申請人を企業外に放逐するために、なされたものと認めるのが相当である。従つて、本件解雇は、不当労働行為として、無効であるといわなければならない。
三 以上のとおりとすれば、その他の点について判断するまでもなく、申請人と被申請人の間にはいぜん雇傭関係が存続し、申請人が被申請人に対し雇傭契約上の権利を有することについては、一応疎明を得たものといわなければならない。しかるところ、弁論の全趣旨によれば、申請人は被申請会社から支給される自己の賃金と妻信子の賃金(一箇月六、〇〇〇円)により、その妻との生活を維持していたものであるが、本件解雇以降自己の賃金の支給を絶たれていることが明らかであるから、特に反対事実の疎明がない限り、申請人は、賃金請求権につき本案訴訟による救済を受けるまでの間に、生活に窮し、回復し難い損害を被るおそれがあるものと認めるのが一応相当であつて、この点に関し、保全の必要性があることについても、疎明があつたものといわなければならない。そして、本件解雇当時の申請人の一箇月分の平均賃金が金四〇、九四五円であること、賃金の締切日が毎月二〇日で、その支払日が毎月二七日であることは当事者間に争いがないから、右事実を基礎とし、諸般の事情を参酌して、主文第一項の仮処分命令を発するのを相当とする。なお、申請人は、その外に、「申請人が被申請会社に対し、雇傭契約上の権利を有することを仮に定める」との任意の履行に期待する趣旨に帰着する仮処分命令を求めるのであるが、賃金請求権に関して、右のような断行の仮処分を相当とする以上、重ねて任意の履行に期待する仮処分命令を発することは無意味であるし、また、申請人主張のような理由によつては、必ずしも、その仮処分の必要性があるものとは認め難いから、右仮処分命令の申請は、これを却下すべきである。
四 よつて、申請費用の負担につき、民事訴訟法第九二条を適用して主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第一九部
裁判長裁判官 吉 田 豊
裁判官 西 岡 悌 次
裁判官 松 野 嘉 貞